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ベトナム市場の「今」を読み解く 第3回 ベトナム教育サービスのパラダイムシフト /渡部智樹

2026.03.17 COLUMN

#新興国ビジネス#事業開発

ベトナム市場の「今」を読み解く 第3回 ベトナム教育サービスのパラダイムシフト /渡部智樹

執筆:Skylight Consulting Vietnam Co., Ltd. 代表 渡部智樹

ベトナム統計総局(GSO)によると、2024年の国内消費財・サービス小売売上高は前年比9%増の約6,400兆ドン(約2,520億USD)に達しました。中でも「文化・教育製品」は9.1%の伸びを記録しており、ベトナム国民の旺盛な「自己投資・教育志向」を裏付けています。

連載第3回となる今回は、この「文化・教育製品」カテゴリの中で、大きな割合を占める「教育サービス」の消費トレンドに焦点を当てます。

1. 教育サービスへの投資を後押しする背景

現在の教育市場は、英語教育やSTEM教育(科学・技術・工学・数学の4分野を統合的に学ぶ手法)が力強く牽引しています。特に英語教育は一過性のブームに留まらず、継続的な成長を遂げてきました。その成長ドライバーは、単なる「親から子への将来の投資」という枠を超え、いまや「国家インフラ」へと変化してきています。

  • 【2014年〜】経済成長と「英語=所得」の等式
    外資企業の流入に伴い、「英語力」がそのまま「給与額」に直結する構造が定着。子供の将来を見据えた親たちが、ILA(後述)に代表されるような英語塾へ子供を通わせるスタイルが一般化。また、国家高校卒業試験において「IELTS 4.0以上で英語科目10点満点換算(試験免除)」とする運用が始まり、一般家庭がIELTSを「実利的なツール」として認識し始めた。
  • 【2018年〜】規制緩和(政令86号)
    2018年施行の「政令86号(Decree 86)」が市場のルールを根底から変えた。外資100%または合弁などの「外資系教育機関」がベトナム人の子供を最大50%まで受け入れられるよう大幅に緩和されたことで、教育ファンドによる巨額投資が相次ぎ、インターナショナルスクール市場が一気に拡大。さらに、国内トップレベルの大学が独自の入試基準としてIELTSを採用し始めたことで、英語力は「良い大学に入るためのパスポート」に。
  • 【2025年〜】「国家戦略」への昇華
    2025年、ベトナム政府は「英語第2公用語化プロジェクト(2025-2035年)」を承認。英語はもはや単なる一教科ではなく、数学や理科を学ぶための「公式ツール」として位置づけられ、国家インフラの地位を確立。

2. ベトナム教育サービス市場を牽引する主要セグメント

ベトナムの教育サービス市場は、英語教育を核とした「リアルな学習拠点」と、テクノロジーを融合させた「ハイブリッドなサービス」が市場を力強く牽引しています。

      1. 英語塾
        ベトナムの街角の至る所で見かける英語塾は、かつての単純な語学学習の場から、今や「大学入試や就職の切符を手に入れるためのトレーニングセンター」へと変貌を遂げました。
        最近の最も顕著な変化は、塾が「英語だけ」を教える場所ではなくなっている点です。都市部の深刻な渋滞と共働き世帯の増加を背景に、保護者の送迎負担を軽減する「ワンストップ化」が加速。英語の授業に合わせてSTEM教育などを併設する体制が標準化しつつあります。
        このモデルは、保護者にとっては「利便性」を、塾側にとっては既存顧客への追加サービス提供による「集客コストの抑制とLTV(顧客生涯価値)の最大化」をもたらしており、双方のニーズを巧みに両立させています。
        ・ VUS (Vietnam USA Society)
        ベトナム最大手の英語教育機関。全国に80拠点以上を展開し、2024年末までにIELTS等の国際認定証の取得者を累計20万人以上輩出。圧倒的な「結果(=スコア)」の保証が強み。
        ・ ILA Vietnam
        プレミアム層向けの教育機関(生徒数約3万人)。「英語で学ぶ」を掲げ、クリティカルシンキングや21世紀型スキルを統合したカリキュラムで他校との差別化を図る。
      2. インターナショナルスクール
        2018年の政令86号により、外資系教育機関の参入障壁が劇的に下がったことで、市場全体に巨額の投資が流入する呼び水となりました。現在、ベトナムは世界で最もインターナショナルスクール市場が急成長している国の一つです。学校数は2022年時点で120校を超え、2026年現在も増加傾向にあります。
        特に注目すべきは、年間授業料が1万ドル前後の「バイリンガル校」の台頭です。これは全編英語で授業を行う外資系インター校よりも安価であり、かつ「ベトナム人としてのアイデンティティ(国語・歴史)」も維持したいと願う中間層〜富裕層の現実的な受け皿となっています。
        ・ 外資系インター校
        UNIS(国連学校)やBIS(British International School)などのトップ層向け校は、年間授業料が3万ドルを超える高額ながら、常にウェイティング(入学待ち)が発生するほどの根強い人気。
        ・ バイリンガルスクール
        ベトナム人向けのインターとして、全国的に展開。外資系インター校よりは授業料が安く、中間層向け。
        ○ Vinschool:ベトナム最大の私立教育システム。2025-2026年度時点で、ハノイやホーチミンなどの主要都市に56拠点を展開し、約5万人の生徒を抱える。ベトナム不動産最大手Vingroupを母体とし、圧倒的な施設規模と「ベトナム人のための国際標準教育」でシェアを独占。
        ○ EQuest Education Group: KKR等の外資ファンドが支援する巨大グループ。傘下のバイリンガル・インター校(IvyPrep, Newton等)を含め、グループ全体で約18万人のユーザーベース(デジタル教材含む)を持ち、教育のデジタル化を牽引。
      3. 教室で手を挙げる生徒
      4. EdTech(教育プラットフォーム)
        ベトナムにおいて、EdTechは単なる補助ツールを超え、学習の「主戦場」へと昇華しました。『Vietnam EdTech White Paper 2025』によると、市場規模は2025年に約15億USDに達すると予測されています。また、HolonIQの『Southeast Asia EdTech 50(2024-2025年版)』レポートでは、東南アジアで最も有望なEdTech企業50社のうち、ベトナムからはシンガポールに次ぐ11社がランクインしました。その中には、子供向けSTEM・プログラミング教育の最大手である「Teky」も含まれます。
        現在、消費の主流となっているのは、対面授業と自宅学習をリアルタイムで同期させるOMO(Online Merges with Offline)モデルです。利便性と学習効率の両立を求める保護者たちは、この「途切れない学習体験」に対して高い支払意欲を示しています。
        さらに、高所得層を中心に爆発的な支持を得ているのが、RobloxやMinecraftを活用した「体験型学習」です。これらは単なる遊びではなく、PythonやLuaといったプログラミング言語を習得し、3Dモデリングや経済システムの構築を通じて「アントレプレナーシップ」を育む場として、実利的な投資対象となっています。
        2026年現在、ベトナム教育省(MoET)は「AI教育の全学年導入」に向けたパイロット運用(2025年12月〜2026年5月)を開始しています。これにより、民間塾だけでなく公立学校でも「AIリテラシー」や「プログラミング」の必須化が進む見通しです。EdTech市場は今後、さらに強固なインフラへと進化していく可能性を秘めています。

      3. 地域間格差とITインフラの現状

      このようなEdTechやOMOの波は、主にハノイやホーチミンといった都市部を中心に加速しています。一方で、地方都市や農村部においては、「デバイスの普及」と「教育への活用」の間に依然として大きな乖離が存在します。

      ベトナムのスマートフォン普及率は全国的に高いものの、農村部では「学習に適したPC・タブレットの不足」や「安定した高速通信環境の欠如」が課題です。実際、都市部の学校がIT設備をほぼ完備しているのに対し、遠隔地ではその整備率が大幅に下がる地域もあり、国家プロジェクトとしてのデジタル・インフラ整備が急務となっています。

      4. 日本式教育の現地展開

      日系企業では、例えば公文教育研究会(KUMON)が「独自の自学自習方式を直営店やフランチャイズを通じて提供」、学研ホールディングスが「ベトナム教育出版最大手のDTP社と資本提携、学校の教材を提供し教育現場に入り込む」など、独自のスタイルで存在感を示しています。現地でも評価されている「日本式教育」の強みを維持しつつ、現地の「実利(試験結果)」へのこだわりや「デジタル化」のニーズをいかに取り込み、ターゲットに合わせてサービスを洗練させていくかが、持続的な成長の鍵となるでしょう。

      まとめ

      ベトナムの教育市場は、経済成長と国家戦略を背景に「実利」から「社会インフラ」へと進化し、過去10年で強固な成長を遂げました。英語塾のワンストップ化やバイリンガル校の台頭は、利便性とステータスを求める中間層のニーズを的確に捉えています。また、EdTechはAIやOMOの導入により、学習の主戦場となっています。 2026年現在、公教育においてもデジタル化が加速しており、サービス主導で成長を続けるこの巨大市場は、今後も極めて大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。

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      Skylight Consulting Vietnam Co., Ltd. 代表

      外資系金融機関を経て、2013年にスカイライトコンサルティングに参画。 2019年にベトナムへ活動拠点を移し、2022年から現職。ASEAN地域への新規参入を目指す企業や進出済み日系企業の更なる成長を、事業開発・企業変革・組織風土変革の各種コンサルティングサービスを通じて支援している。