今の時間、どうだった?-学びに繋げる「チェックアウト」という習慣/田頭 篤
2026.02.16 COLUMN
#人材育成#組織づくり
私が研修の講師や、ワークショップのファシリテーターを務める際、最後に必ず設ける時間があります。参加者全員に一言ずつ、感想や学び、今の気持ちを話してもらう時間。これを「チェックアウト」と呼びます。
ホテルのチェックアウトが宿泊を終えて日常の世界へ戻るための区切りであるように、これも研修やワークショップという「非日常」から「日常」へと意識を切り替える大切な儀式です。しかし、この習慣を普段の会議や日常の会話で取り入れている人は決して多くありません。チェックアウトが持つ「価値」に目を向けないのは、実にもったいないことだと思うのです 。
鏡のフィードバック
とあるクライアントの役員クラスの方と、定期的に30分から1時間ほどのセッション(会話する時間)を続けています。先日、その方が「会社の環境が変わったことで、社員が自ら動き始めた」という嬉しい変化を話してくれました。
セッションの最後、いつものようにお互いの感想を言います。その方は「考えていたことが言語化できてよかった」と、ある種、型通りの感想を口にされました。対して私は、その時間ずっと感じていたことを率直に伝えました。
「これまで何度もお話を伺ってきましたが、今回は悩みやネガティブな要素が全くなく、終始、声に元気があって本当に楽しそうでしたよ」
すると、その方は少しハッとしてこうおっしゃったのです。
「そんなに元気でしたか。ずっと『自主的に動いてもらいたい』と思っていて、それがやっと実現した。嬉しさが滲み出たんですね。……そうか、それで嬉しいんだ。今日一番の気づきです」
私の感想がその方を映し出す「鏡」となり、ご本人が自覚していなかった「喜びの理由」が浮かび上がった瞬間でした。
意外な真実
もう一つ、初対面同士の話し合いでのエピソードをご紹介します。
冒頭、進行役が「どなたかホワイトボードに書く役をやってくれませんか?」と募りました。知らない人たちの前で板書するのは勇気がいるものです。皆が逡巡する中、「書きます!」と潔く手を挙げた方がいました。私も含め周囲からは「おーっ!」という感嘆の声が湧きました。
ところが、終わりの感想シェアの時間で意外な事実が判明します。ある参加者が「書く役に手を挙げた勇気ある行動に感謝します」と伝えたところ、当のご本人はこう答えたのです。
「実は、私は発言するのがとても苦手なんです。書く役に回れば、発言しなくて済むと思って手を挙げました……」
全員が驚きました。「積極的な行動」に見えていたものは、実は「苦手から逃れるための行動」だったのです。しかし、その場が気まずくなることはありませんでした。その方は続けて「ただ、全く発言しないのも寂しいと思っていたので、途中で話を振ってもらえたのはありがたかったです」とも話してくれたのです。
感想をシェアしたことで、「書く人=積極的な人」という周囲の思い込みが外れ、その方の本当の気持ちを全員で共有することができました。感想を言う場がなければ、私たちは誤解したままその場を終えていたことでしょう。
「感想」という名の編集作業
なぜ、たった数分の感想がこれほどまでに影響を与えるのでしょうか。
感想を言うという行為は、バラバラの体験に意味付けを行い、学びとして定着させるための「編集作業」ではないかと私は考えています。
「今の時間はどうだったか?」と問われたとき、私たちの頭の中ではいくつかの思考が巡ります。
- プロセスの再現: どんな流れで、何が話し合われたかを順に思い出す。
- 自己の客観視: その中で、自分はどう振る舞い、どう感じたかを確かめる。
- 意味の抽出: それらを経て、今、自分の中にどんな変化が起きているかを見出す。
これらは、自分を一段高いところから見下ろす「鳥の目(俯瞰の目)」を持つことに他なりません。
感想を述べる習慣を持つだけで、私たちは自然と客観的な視点を養う訓練を積むことになるのです。
また、感想は「気づきのお裾分け」でもあります。自分の気づきは他人の視点になり、他人の気づきは自分にとっての新たな発見になる。一人の思考の限界を超え、体験がアップデートされていくのです。
実践のコツ
実践するにあたって、一つコツがあります。いきなり「どうだった?」と振る前に、「何があったか」を一緒に思い出す時間を少しだけ取ることです。
1時間の会議でも、冒頭の内容は意外と忘れているものです。「最初はあんな話から始まりましたね」「途中で意見が割れましたが、ここでまとまりましたね」と、全員で記憶を紡いでいく。この「思い出す作業」を経ることで精度の高い「編集」が可能になります。また、その時間をとることで、感想が言いやすくもなります。
正直なところ、私が感想を求めるのは自分勝手な理由も含まれています。自分の提供した時間が意味のあるものだったのか、企画した場がどう受け止められたのかを知りたいという「確認」です。しかし、個人的な動機がきっかけであっても、結果としてその場にいる全員の体験がより豊かになる。これほど美しい終わらせ方はありません。
「今の時間、どうだった?」
このシンプルな問いかけを通じ、ぜひ日常の終わりに添えてみてください。単なる会話や、いつもの会議が、より意味のある機会へと昇華するはずです。
田頭 篤Atsushi Tagashira
リードエキスパート
システムベンダーを経て、2002年にスカイライトコンサルティングに参画。
「やりたいことをお客様自身がやれるようになる」をコンセプトに、組織・人材の領域で起こっている問題・課題に焦点を当て、主にファシリテーター/コンサルタントとして企業を支援。組織設計、人事評価制度設計、人材教育制度設計といったハード面での支援から、ビジョン策定ワークショップ、モチベーション向上支援といったソフト面での支援まで幅広く提供している。
ビジネスセクター以外では、被災地での対話ワークショップや一般市民向けワークショップなどを通じて人と人とのコミュニケーションを促し、関係改善やシナジーを生み出す支援を行っている。