ブラジル発・遠隔視覚支援(AR)が変える「現場の解像度」 ─Octágoraの「動画記録 × CRM連携」が示す、顧客対応の新設計思想
2026.02.16 COLUMN
#新規事業#テクノロジー
本記事は、当社の業務提携先であるB Venture Capitalとの共同執筆によるものです。(写真:Octágora提供)
I. 導入:ブラジルで先行した「遠隔×記録」という必然
顧客対応のすべてが映像として記録され、「誰が、どのような状況を見て、どのような判断を下したのか」を後から確実に検証できるとしたら、カスタマーサポートのあり方はどう変わるでしょうか。
ブラジルで注目を集めている遠隔視覚支援(AR)SaaS「Octágora(オクタゴラ)」は、「遠隔×記録」を前提に設計されたブラジル発のプロダクトです。スマートフォンのカメラを通じて現場を可視化し、遠隔から指示や診断を行うことで、物理的な訪問を伴わないトラブルシューティングを可能にします。加えて、一連の対応プロセスを映像・操作ログ・注釈データとして記録し、検証・共有・活用できる形で蓄積できる点に大きな特徴があります。
このプロダクトの誕生背景には、ブラジルならではの厳しい事業環境がありました。
- 物理的コストとリスク:日本の約22.5倍という広大な国土と、中南米特有の治安リスク。技術者を現場に派遣すること自体が、安全面・コスト面の両方で企業にとって極めて重い負担となります。
- 法規制とコンプライアンス:ブラジルでは顧客対応を録画・記録することを義務づける法規制が存在し、証跡を残すことは、利便性以前の「前提条件(コンプライアンス)」です。映像による記録は、不正クレームの抑止や事故調査の効率化にも寄与しており、結果としてブラジルでは、「現場の可視化と記録」の仕組みが、早い段階から実務に根付いてきました。
一見するとブラジル特有の事情に思えますが、Octágoraが向き合ってきた課題の構造は、「限られた人材で、複雑な現場判断を支えなければならない」という点において、現在の日本企業が直面している状況とも重なります。日本では労働人口の減少が進む中、特にテクニカルサポートのような専門性の高い領域で、人材の確保や育成の負荷が高まり、対応品質の維持・向上が大きな課題となっています。
同時に、多くの日本企業ではVOC(顧客の声)は蓄積されていても、現場の「判断プロセス」までは可視化されておらず、改善や教育に活かしきれていないケースも少なくありません。Octágoraが提供する「顧客対応の構造化」は、属人化しがちな現場知見を組織の共有資産へとつなげる、新たな基盤となり得るでしょう。
II. 創業ストーリー:コールセンターの「痛み」から生まれた Octágora
1. BPOの現場で感じ続けた「音声だけではわからない」もどかしさ
共同創業者のDaniel Cussi氏とCelso Rosa氏は、長年ブラジルのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)企業のテクノロジー部門に携わってきました。彼らが日々直面していたのは、「顧客の本当の困りごとが、音声通話だけでは十分に把握できない」という根本的な課題でした。
コールセンターのオペレーターは主に音声で状況をヒアリングし、後方を支える技術者も電話越しの情報だけを頼りにトラブルシューティングを行います。しかし、現場が見えないために問題の特定に時間がかかり、結果として「まずは技術者を派遣する」という非効率な判断に陥りがちでした。
COVID-19の拡大を契機にビデオストリーミング技術が急速に普及したことで、彼らは新たな可能性に気づきます。音声だけでなく、現場そのものを遠隔から視覚的に確認できれば、こうした課題を解消できるのではないかと考えたのです。この発想から、顧客のスマートフォン越しに現場をリアルタイムで可視化し、画面上にARで指示を書き込みながら支援するという、Octágoraの中核コンセプトが形になっていきました。
事業化にあたっては、学生時代からの友人であり、セールスエグゼクティブとして長年キャリアを積んできたMarcelo Izumi氏が参画しました。Marcelo氏は、ヘルスケア領域のテック企業において、看護師や栄養士などの専門職が電話で患者をフォローする「医療版コンタクトセンター」のビジネスに携わってきた経歴を持ちます。「技術・現場理解・セールス」という3つの要素が揃ったことで、Octágoraの構想は事業として具体化していきました。
©Octágora
2. 市場検証:あえて「馴染みのない現場」から始める
彼らが最初のターゲットに選んだのは、意外にもBPO企業ではなく「中規模の発電機レンタル会社」でした。最終ターゲットとする市場に未完成なプロダクトを持ち込み、一度「使えない」と判断されてしまうと、後で再挑戦することが極めて難しくなるためです。期待値とのギャップを避けるため、あえて馴染みのあるマーケットから一歩引いた現場で、プロダクトの「素の状態」を検証したのです。
大型ショッピングセンターや建設現場に発電機を設置・運用する同社では、設置時やメンテナンス時のトラブルが頻繁に発生しており、現場を可視化するニーズが明確でした。Octágoraの導入により、現場担当者がスマートフォンで周辺を映し、遠隔地のエンジニアがその映像を見ながら判断することで、以下の業務がリモートで成立するようになりました。
●簡易故障診断
●交換が必要な部品の事前特定
「まずは現場で使い、価値を共創する」というスタンスから始まった導入でしたが、実運用に乗った段階で有償契約へと移行。クライアントは単なるユーザーにとどまらず、市場価値を共に証明するパートナーへと進化したのです。
3. 市場創造の難しさ:「訪問=サービス」というマインドセットの壁
検証の成功後、創業メンバーが「最も困難だった」と振り返る壁は、顧客企業の「マインドセット」と「官僚的なプロセス」でした。多くの企業では、「現場に訪問してこそ丁寧なサービス」「現地で確認しなければ本当の解決にはならない」という価値観が根強く残っています。さらに、訪問対応そのものが収益源やKPI(評価指標)となっている組織では、訪問件数の削減は評価やインセンティブと相反しやすくなります。リモート対応を増やすことが、現場にとっては「自分たちの仕事を減らすこと」と捉えられてしまうケースも少なくありませんでした。
また、現場担当者とのPoC(概念実証)が成功しても、本導入となればセキュリティ、法務、監査、運用といった複数部門の厳しいチェックが立ちはだかります。
ここでOctágoraが取った戦略は、顧客の担当者が社内で承認を得るための支援に徹することでした。担当者が自ら価値を説明し、承認を取り、プロジェクトを前に進められる状態をつくる――つまり、担当者が社内でプロダクトを『売る』のを手伝うというスタンスです。
●訪問削減を「コストカット」ではなく「収益性を高める投資」として再定義
こうした「社内を通る論理」を顧客と共に作り上げることで、企業の厚い壁を突破していきました。