ベトナム市場の「今」を読み解く 第1回 製造拠点から“消費大国”へ、現場が感じる変化 /渡部智樹
2025.12.08 COLUMN
#新興国ビジネス#事業開発#イノベーション
執筆:Skylight Consulting Vietnam Co., Ltd. 代表 渡部智樹
―製造拠点から“消費大国”へ、現場が感じる変化―
ベトナムという国名を聞くと、多くの日本企業は「製造拠点」「低コスト人材」「チャイナプラスワン」といった言葉を思い浮かべるかもしれません。
しかし、現地に拠点を構える私たちが日々感じるのは、その認識を覆すダイナミズムです。
ベトナムは今、“作る国”から“買う国”へと確実かつ急速に変貌を遂げています。
実際、IMF推計によれば、2024年の1人当たりGDPは4,536ドル(前年より219ドル増)に達し、特に都市部では中間層が急速に拡大し、スマートフォン決済、ネット通販、外食、旅行などの分野で、「自分のためにお金を使う」活発な消費者が主役になりつつあります。
本稿では、現場で感じる消費市場としてのベトナムのリアルをシリーズでお伝えします。
1. ベトナム経済は“内需型”にシフトしつつある
かつてベトナム経済は「輸出ドライブ型」でした。しかし、2020年代に入り、成長のエンジンとして明らかに国内消費の存在感が増しています。統計総局が2024年に実施した中間国勢調査の分析結果によれば、ベトナムの人口は1億人を突破し、2025年6月12日に可決された、省レベル行政単位の再編に関する決議第202/2025/QH15号によると、ハノイ市の人口は約870万人、ホーチミン市は隣接するバリア=ブンタウ省およびビンズオン省との統合により、約1,400万人規模となり、世界の大都市にも匹敵する規模へと発展しています。
その様な都市部では可処分所得が伸び、特に若年層の消費意欲が旺盛です。実際、ホーチミン市のショッピングモールやコーヒーチェーンは平日夜でも満席で、若者たちはスマホ片手にキャッシュレス決済を使いこなしています。
また、eコマース市場の伸びも目覚ましく、ベトナム工業貿易省は、2024年の国内小売EC市場は250億ドルを超えると見積もっています(2025年1月時点)。Shopee、Lazada、TikiやTikTokなどが競争を繰り広げ、地方都市にもオンライン消費が浸透しつつあります。つまり、今のベトナムを一言で表すなら「自ら消費を生み出す国」へと変わりつつあるように見受けられます。

Huy Thoai/shutterstock.com
2.「製造」と「消費」の融合:国内で完結する市場循環
もちろん、製造業の存在感が失われたわけではありません。
むしろ、製造業の集積が国内需要を押し上げる原動力となっています。
たとえば北部のハイフォンやバクニン省では、サムスンやLGをはじめとする外資系工場が数十万人規模の雇用を創出しています。この巨大な労働人口が、そのまま地域消費を支える中間層となり、住宅・自動車・教育・医療への支出を増やしています。
このような変化は企業戦略にも影響しています。現地の日系製造企業の中でも、従来のEPE(輸出加工企業:Export Processing Enterprise)モデルから、国内販売を前提とする「ローカル販売型製造」への転換が進んでいます。背景には、ベトナム国内市場の急拡大とともに、現地消費者の購買力向上があります。特に、家電・日用品・食品分野では「ベトナムで作り、ベトナムで売る」モデルが着実に増加しています。つまり、「作る側」と「買う側」が同じ国内で融合しているのです。
3.日本企業の進出構図 製造拠点から消費市場へ
このような経済構造の変化は、日本企業のベトナム進出の在り方にも影響を与えています。
かつては製造業中心だった日本企業の進出は、現在その中心がサービス産業や消費者向けビジネスへと明確にシフトしています。JETROの「海外進出日系企業実態調査(2023年)」によれば、ベトナムにおける非製造業企業の割合は年々上昇しており、特に小売・外食・美容など、都市部の中間層をターゲットとした進出が目立ちます。
ホーチミンやハノイでは、日系外食チェーンの展開が2024年頃から相次ぎ、いわば進出ラッシュの様子を呈しています。それでも市場が飽和している印象はまったくなく、むしろ成長余地はさらに拡大しています。
現場を訪れると、その手応えを実感します。先日筆者が訪れたホーチミン市内の日系外食チェーンの店舗では、昼夜を問わずベトナム人客が次々と訪れ、席が途切れることはありませんでした。
こうした光景は、ベトナム市場が「コスト優位の製造拠点」から「魅力的な消費市場」へと確実に進化していることを物語っています。今後、生活水準のさらなる向上とともに、より質の高い商品や体験を求める消費者が増えていく中で、日本企業にとってはブランド力や品質の強みを活かす絶好のチャンスが広がっているといえるでしょう。
4.“現地発”ブランドの台頭と日本企業への示唆
一方で、これまで海外ブランドが市場を牽引してきたベトナム市場でも、近年は“現地発”ブランドの存在感が急速に高まっています。代表的な例が、地場コングロマリットであるVINグループが手掛ける自動車ブランド「VINFAST」です。同社はEV(電気自動車)市場を中心に急成長し、月間国内新車販売台数では日系を含む海外メーカーを抑えて首位を獲得するなど、今や国民的ブランドとして確固たる地位を築きつつあります。
また、日用品や飲料、ファッション、コスメといった消費財の分野でも、ベトナムのローカルブランドが勢いを増しています。特に若年層を中心に、SNSやインフルエンサーを活用してブランド体験を演出し、消費者とのエンゲージメントを高める手法が一般化しています。こうしたデジタル感度の高いアプローチは、品質訴求を中心としてきた従来型の日本企業のマーケティングとは一線を画しており、地場ブランドの俊敏さと発信力の強さが際立っています。
しかし、これは日本企業にとって脅威というよりも「新たな学びと協業の機会」と捉えることができます。ベトナム企業のスピード感やデジタル活用力と、日本企業の強みである品質・信頼・ブランド構築力を掛け合わせることで、これまでにない価値を生み出す余地が広がっています。現地ブランドとの競争を通じて市場の成熟が進むほど、日本企業の“真価”が問われると同時に、その存在感を再び高めるチャンスが訪れているのです。
まとめ―成熟と拡張が同時進行する市場で、問われる“現地適応力”
ベトナム経済は、輸出主導の時代から内需成長を柱とする新たな段階へと進みつつあります。都市部を中心に中間層が拡大し、ローカルブランドの台頭とともに、消費市場はより多様で洗練されたものへと変化しています。これは、かつての「安く作る国」という認識を根本から覆す大きな構造転換です。
この変化の中で、日本企業には二つのチャンスがあります。ひとつは、製造業の蓄積を活かしながら、国内需要を取り込む“ローカル市場対応”への進化。もうひとつは、現地企業やデジタルエコシステムとの協業を通じて、新しいビジネスモデルを創出することです。ベトナムは今、成熟と拡張が同時に進む“動的な市場”へと変貌を遂げています。この市場で成長機会をつかむ鍵は、現地消費者のニーズを深く理解し、それに即した商品投入とデジタルエコシステムを活用したスピード感のある販売・マーケティング展開にあります。試行錯誤の中にこそ、次の成長機会へのたしかな道筋がみえてくるでしょう。
次回は、本シリーズ第2回として「ベトナムにおける消費行動の実態」をテーマに、現場で見えるリアルな購買トレンドを掘り下げていきます。
同執筆者の記事
渡部 智樹Tomoki Watabe
Skylight Consulting Vietnam Co., Ltd. 代表
外資系金融機関を経て、2013年にスカイライトコンサルティングに参画。 2019年にベトナムへ活動拠点を移し、2022年から現職。ASEAN地域への新規参入を目指す企業や進出済み日系企業の更なる成長を、事業開発・企業変革・組織風土変革の各種コンサルティングサービスを通じて支援している。