「新規事業立ち上げ」の要諦(第1回:新規事業の定義と立ち上げのハードさ)/山下 厚
2025.10.22 COLUMN
#ビジネス戦略#新規事業
そして、顧客価値の視点を取り入れたフレームワークとしては「アンゾフの成長マトリクス」(図解1)が有名である。「戦略的経営の父」とも呼ばれる経営学者のイゴール・アンゾフにより提唱されたものだ。縦軸に市場、横軸に製品/サービスをとり、両軸ともに「既存」「新規」と分解して4象限で整理する。シンプルで理解しやすく、私自身もコンサルティング支援の現場でよく活用する。

この中で、新規事業とは「①既存市場×新規製品/サービスの販売」と「②新規市場×既存製品/サービスの販売」のいずれも該当する。加えて、多角化戦略と称される「③新規市場×新規製品/サービスの販売」も該当する。新たな顧客価値を提供するビジネスアイディアに対して、それは「市場」と「製品/サービス」のいずれの観点であるか、あるいは両方なのか。ただ漠然と「新しい事業」と捉えずに、その意味合いを明確に意識することが肝要である。
新規事業の立ち上げとは、「市場」または「製品/サービス」という軸で新たなビジネスモデルを構築することを指す。その結果、あくまでも“未来”に向かう時間軸の中で顧客価値を実現することが本質である。言い換えれば、“未来”を意識しながら顧客価値を探求し続けることこそが、企業が激動の時代を生き抜くための唯一の道標といっても過言ではない。
「新規事業の立ち上げ」プロジェクトのハードさと充実感
筆者のコンサルティング経験を振り返ると、「新規事業の立ち上げ」をテーマとして扱うプロジェクトは特にハードなものばかりであった。業界におけるリーダー企業の場合、競合企業から追われる立場での検討となる。一方、チャレンジャー企業の場合、先行する競合企業の動向を意識した上での策を練ることになる。いずれにしても、既存事業の運営とは違う発想が求められるため、その検討の難易度は非常に高いものだった。
だが、クライアントメンバーとともに大きな成果に漕ぎ着けた折には、かけがえのない達成感と充実感を得られたものだ。ハードなプロジェクトだからこそクライアント企業の発展、そしてクライアントメンバーの成長に大きく貢献することができる。これは当社が得意とする伴走型コンサルティングの真髄ともいえる。参画した全てのプロジェクトにおいて、「ご支援差し上げることができて良かった」と心の底から実感している。
その中でも、15年ほど前に支援した金融業界のクライアントを取り上げ、説明することとする。当時は革新的であったクラウドコンピューティングの概念をコア技術に据えた、新規事業の立ち上げプロジェクトだ。各種コンピューターリソース(ITインフラ、データ、ストレージ、アプリケーションなど)をネットワーク経由で利用する、いわゆる「クラウド」型のサービスの立ち上げである。クライアント企業における新規事業の柱を創り上げるために巨額の投資を伴う、全社を挙げての一大プロジェクトとなった。
今でこそ、市場にはAWS(Amazon Web Services)やGoogle Cloud、MicrosoftのAzureなどのサービスが浸透している。だが、当時は自社でコンピューターリソースを所有していた企業が多く、「クラウド」の仕組みはまさに革新的であった。「必要な時に必要な分だけ使える」という従量課金モデルは、顧客のコスト削減ニーズの芯を捉え、大きな価値があった。
当社は、サービスを計画通りに開発するためにプロジェクト推進をリードする役割を担った。IT基盤、アプリケーション、そして全体を統括するプロジェクトマネジメントの3チームに分かれ、その全てに当社のコンサルタントメンバーが参画した。クライアントメンバーが既存事業で多忙を極める中、プロジェクト全体のスピード感を生み出すことに尽力させて頂いた。その過程で、新規事業とは「決して片手間では立ち上げ得ない」ということを実感したものだ。
そして、当初の計画からほぼ遅延することなく、新規事業の柱となるサービスのローンチ日を迎えることができた。新サービスは当時のビジネス誌面を飾ることとなり、「このサービスは価値がある」というユーザーの声とともに大々的に掲載された。
その後、既存事業で関係の深い取引先企業を中心に、新規サービスを営業する局面までを伴走させて頂いた。「アンゾフの成長マトリクス」上では、「①既存市場×新規製品/サービスの販売」に該当する。クライアント企業内では、他事業部も巻き込みながら営業活動の裾野が徐々に拡がっていった。
その後も様々な業界で、新規事業の立ち上げプロジェクトに従事させて頂いた。
とあるプロジェクトのキックオフでオーナーが発した「部署を問わず、エース級のメンバーを揃えた。総力を挙げて新規事業を創りにいこう」という言葉は今でも忘れられない。「業界内に敵なし」と名高いリーダー企業であっても、新規事業の立ち上げはハードな取り組みであり、経営も含めて取り組むべき“重要アジェンダ”なのである。
次回は、新規事業立ち上げの実施形態について解説する。
筆者による連載 『中期経営計画』編
山下 厚Atsushi Yamashita
スカイライト コンサルティング株式会社 ディレクター
東京大学法学部法律学科を経て、2009年にスカイライトコンサルティングに参画。主にBtoC企業を対象とする戦略策定、企画立案から実行推進までをワンストップに手掛ける「ビジネス戦略ユニット」の統括責任者。
デジタルマーケティング領域の知見者として、特に消費者の生活に関わる各種業界・業種において、企業全体の戦略見直しから新規事業・サービスの立上げまで幅広く手掛ける。上場企業向けの新規WEBメディア立上げや、ECサイトリニューアル等、自らがPMとして舵取りをして実現まで成果を導いた案件も多数あり、プロジェクトマネジメント有識者として中小企業の外部講師としても登壇。
出資および買収案件における事業デューデリジェンスも得意とし、複数企業間の協業モデル構築に関する知見および実績がある。また新規事業として、マーケティング知見のアジア展開もリードする。