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中期経営計画の策定(後編:実践上のポイント 数値計画および組織・人 編)/山下 厚

2025.09.25 COLUMN

#ビジネス戦略#新規事業

ここで、年次で策定する事業計画をイメージしてみよう。その実行による成果として、自組織の売上目標や利益目標を達成できれば、所属する個人も、貢献度合いに応じて相応の評価を得られるはずだ。「成果が出れば評価される」というシンプルな構造である。

この構造は、3か年や5か年の中期経営計画においても同様である。自組織の数値目標に直結する施策については、達成して成果が出た暁には、個人としても報われる形で設計すれば良いだろう。

悩ましいのは、複数の組織にまたがる戦略や施策に対するモチベーションの設計である。
中期経営計画とは、全社的に未来を探索する取り組みだからこそ、各組織における“個別最適”ではなく、会社としての“全体最適”という視点が抜けてはならない。そして、必ずしも“個別最適”の積み重ねが“全体最適”へと導くとは限らない。全社的な視点で“全体最適”を目指すことが中期経営計画の真髄であり、そのようなイシューの検討メンバーは、現組織の所属に関わらずに適任者をアサインすることが多い。

ここで、“全体最適”を目指す戦略や施策の実行に対して、各組織からアサインされたメンバーが「余力の範囲内で協力すれば足りる」などと捉えてしまった場合、会社として意図した十分な成果を見込めるだろうか。いくら工数をかけて壮大なビジョンを構想したとしても、実行の段階で形骸化してしまうのがオチだろう。したがって、先述の通りに目標設定や人事、評価の仕組みとも紐づける形で、実行を促進する仕掛けを明確に設計することがポイントである。また、場合によっては、組織や予算の根本的な編成のあり方から討議することも必要だ。

中期経営計画の実行性を担保するためには、取って付けたようなルールではなく、関係者のモチベーションを根本から下支えする仕掛けが不可欠である。そして、その設計は、既存制度の改定やシステム基盤の再整備など、骨が折れることも少なくない。

だが、そのような労力や費用面での制約を最初からネックと捉え、自社の未来のために描く戦略の方向性を妥協してはならない。中長期的な自社の成長を描くチャンスという意味でも、足元の制約にとらわれず、「どうすれば実現できるか?」という思考のアプローチを徹底するべきである。

ポイント③ 「組織と組織」「人と人」の間にある“溝”を埋める合意形成

中期経営計画を策定する上で、進め方に関する最大のポイントは、「組織と組織」や「人と人」を繋ぐ合意形成である。ベタな話のように聞こえるかもしれないが、筆者のコンサルティング経験も踏まえ、敢えて強調しておきたい。

特に大企業の巨大組織においては、同じ企業の中にあっても、組織や人の意向は一枚岩ではないものだ。認めたくない現実という側面もあるが、「組織と組織」や「人と人」との間には、最初から多少なりとも一定の“溝”が存在する。日頃、各組織や現場の一人一人は、それぞれが多様なコンテキストの中で事業を運営し、日々の業務を遂行している。そもそも、各自の価値観や志向性が多様であることを鑑みると、“溝”の存在自体は、むしろ納得がいくはずだ。

そして、壮大な計画が上手くまとまらないケースの大半は、この“溝”の意識の欠落に起因することが多い。「なぜ、擦り合わないのだろう?」という疑問の答えは、この“溝”にあるのだ。

逆に言えば、こうした“溝”の存在をはじめから前提と置き、その両者の橋渡しの仕方にフォーカスすることで、事は上手く進めやすくなる。両者が共通して目指すことができるゴールや目標を建設的に設定していくのである。そのためにもヒアリングや対話を通じて、各組織や人の本音を把握しておくことが望ましい。

なお、ヒアリングや対話の対象は、特定のレイヤー(役職)に限定しない方が良い。よく「高度な内容を扱うため、役職者のみにヒアリングする」というケースを耳にすることがあるが、いわゆる中堅レイヤーとして、例えば部長や課長クラスなども対象に含めておきたい。さらにいえば、若手メンバーの意見を取り入れても良い。“全員参加”は物理的に難しいとしても、中期経営計画の策定プロセスに関与すること自体が、当人の当事者意識を芽生えさせるきっかけにもつながる。理想のサービスや提供価値のあり方について、率直に意見を募ると良いだろう。

10年先を見据えた議論だからこそ、10年先に船旅の舵を切るメンバーも交えて丁寧にコミュニケーションをとる。そして、その結果を踏まえて「組織と組織」や「人と人」の“溝”が埋まるような合意形成に注力する。相応に時間と労力がかかることになるが、会社の未来のためにも1歩ずつ着実に進めていくことが大事なのである。

中期経営計画とは、押さえるべきポイントを外さない形で丁寧に策定することこそが、将来の大きな成果へとつなげるための唯一の道標であり、ショートカットできる近道は存在しないのだ。

3回の連載にわたって、中期経営計画の策定に関するインサイトをお届けした。変化の激しい競争環境である大海原において自社の方向性を検討し、今後航海を進めていくにあたり、少しでも参考になれば幸いである。

中期経営計画の策定』 前編・中編・後編

中期経営計画の策定(前編:意義とプロセス)/山下 厚

中期経営計画の策定(中編:実践上のポイント 環境分析編)/山下 厚

中期経営計画の策定(後編:実践上のポイント 数値計画および組織・人 編)/山下 厚

山下 厚Atsushi Yamashita

スカイライト コンサルティング株式会社 ディレクター

東京大学法学部法律学科を経て、2009年にスカイライトコンサルティングに参画。主にBtoC企業を対象とする戦略策定、企画立案から実行推進までをワンストップに手掛ける「ビジネス戦略ユニット」の統括責任者。

デジタルマーケティング領域の知見者として、特に消費者の生活に関わる各種業界・業種において、企業全体の戦略見直しから新規事業・サービスの立上げまで幅広く手掛ける。上場企業向けの新規WEBメディア立上げや、ECサイトリニューアル等、自らがPMとして舵取りをして実現まで成果を導いた案件も多数あり、プロジェクトマネジメント有識者として中小企業の外部講師としても登壇。

出資および買収案件における事業デューデリジェンスも得意とし、複数企業間の協業モデル構築に関する知見および実績がある。また新規事業として、マーケティング知見のアジア展開もリードする。