中期経営計画の策定(後編:実践上のポイント 数値計画および組織・人 編)/山下 厚
2025.09.25 COLUMN
#ビジネス戦略#新規事業

執筆:スカイライト コンサルティング株式会社 ディレクター 山下 厚
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「中期経営計画」の策定について、前回の<中編>では環境分析に関するポイントを解説した。今回は、連載の最終回として、数値計画の策定および組織・人に関連するポイントを詳述する。
ポイント① 目標値(特に売上高)の妥当性を検証する
中期経営計画の策定において、描いたビジョンを数値計画に落とし込むプロセスは、最大の山場と言っても過言ではない。壮大な構想を実現したことで得られる財務的な成果を明確化するという点で、自社の経営視点からも重要であり、また実務的にも相当な神経を注ぐ作業となる。
自社や自事業の売上高は、中期的にどの程度伸長するのか。そのためには、どの程度の費用や投資が必要となるのか。また、その結果として十分な利益を生み出すことができるのか。こうした一連のストーリーについて、社内での十分な納得感を得ることが鍵となる。
ここで、売上高や営業利益などの目標値が「とりあえず大きく掲げた数字」に留まってしまう場合、社内からは、その妥当性を疑問視する声が挙がりかねない。現場の目線からすると、納得感のない目標を漠然と追いかけることほど辛いものはない。3か年や5か年を過ごす上で、モチベーションが不十分な状態で計画の実行へと突き進むのは、さすがに不健全といえるだろう。
では、どうすれば納得感を得られるのか。実践上のポイントとしては、数値計画の軸足となる売上高について、初期的に試算した目標値の妥当性を別のアプローチから検証することである。
まず初期的には、市場成長率をベースとした試算が一つの定石とされている。例えば、現状の売上高を100億円と仮定しよう。市場全体が年率15%で安定的に成長している場合、3年後には約1.5倍(1.15×1.15×1.15≒1.5)の150億円に到達し得ると試算できる。あるいは、事業成長における最大のドライバーが人材であるならば、その人員数をベースに試算するのも良いだろう。3年後に現状の1.5倍の人員数を見込めるとすると、売上高も比例して1.5倍まで伸長するという考え方である。
だが、これらの試算結果はあくまでも概算値に過ぎないため、目標値としての現実味が担保されているわけではない。別の角度からのアプローチを経ることで妥当性を検証し、可能な限り精度を上げることが肝要だ。
そのアプローチとしては、現状と目標値とのギャップを施策別に要素分解することを推奨する。上記の例でいえば、現状の売上高(100億円)と3年後の売上高(150億円)のギャップである50億円について、「施策Aで20億円、施策Bで15億円、施策Cで10億円、施策Dで5億円を積み上げれば達成する」という具合に分解する。その結果、目標値の妥当性を現実的に検証しやすくなる。「現状から50億円伸長させる」という概算値は、各施策による積み上げの結果としてアグレッシブ過ぎるのか、あるいは保守的過ぎるのか。いずれにしても「妥当ではない」と判断できれば、目標値をさらにチューニングすることになる。こうして精査を進めることで、「この目標値であれば、各施策の積み上げという観点からしても、現実的に目指し甲斐がある」という納得感を醸成できるというわけだ。
加えて、各施策を実行する現場の目線からすると、施策別に落とし込まれた目標値であれば、そのリアリティを実感することができ、自分ごととして捉えやすくなる。「自分自身は、いくら頑張れば良いのか?」を明確に意識することで、達成に向けたモチベーションも上がりやすい。
さらには、施策別の目標値が明確であれば計画の実行段階で進捗(計画に対する実績)を管理しやすくなる。例えば「このままのペースでは目標値に●億円届かないため、●億円分の施策を追加で実行すべき」という形で、タイムリーかつ的確な判断を下すことができる。
中期経営計画とは、掲げる目標値の妥当性を担保し、目指すことのモチベーションが湧いてこそ、その達成に向けて健全な事業運営を進められるのだ。
ポイント② “全体最適”な戦略や施策を実行することのモチベーションを設計する
ポイント①で言及した「モチベーション」という概念は、数値計画に限らず、中期経営計画を画に描いた餅にしないための重要なキーワードである。
日々の業務に従事する現場メンバーの心理を想像してみよう。企業として大きなビジョンを描いたのは良いが、いざ蓋を開けてみると、一人一人の当事者意識が低い状態になってはいないだろうか。せっかく策定した壮大な計画も、「自組織や自分自身には旨味がない」と捉えられてしまっては実行性が損なわれかねない。
そのため、各組織および所属する個人にとって、中期経営計画内の各種施策を実行し、成果に寄与することのメリットを可視化することが肝要となる。具体的には、組織または個人としての目標設定、さらには人事制度や評価制度とも連動させる形で、仕組みとして明確に設計することが望ましい。