会話のネタ/田頭 篤
2025.09.24 COLUMN
#人材育成#組織づくり

「言い飽きましたが、毎日暑いですね…」
そんなチャットが届きました(2025年8月時点、関東)。猛暑日が続く中、「言い飽きた」のも、「毎日暑い」のも、まったく同感です。気候の話は会話のネタとしても、会話をスタートさせるきっかけとしても重宝します。私はどちらかというと、自分から会話のネタを提供するのは苦手ですので、こうした定番の話題には助けられています。
「会話のネタ」は、最近クライアントからよく耳にする悩みの1つです。特に、上司と部下で行う1on1での話題に困っているという声を聞きます。今では1on1を導入している企業が随分と増えました。コロナ禍でリモートワークが進んだことで、コミュニケーションの機会を意図的に作る必要性が認識されてからは、企業が積極的に導入しています。1on1という言葉も一般名詞として定着し、リモートワークから出社へと回帰しつつある昨今でも、1on1を取りやめる企業は少ないようです。
さて、「会話のネタ」がないという悩みに話を戻すと、上司の方からは「人事から仕事の話をするなと言われているが、つい仕事の話をしてしまう」「昨今、コンプライアンスやハラスメントの観点から、踏み込んだ話がしづらい」といった声を聞きます。
一方で、部下の方からは「何か話せと言われても、改めて話すことが見つからない」という声を聞きます。たしかに、前述の気候ネタは、会話のとっかかりとしては便利ですが、上司と部下の1on1で話を広げていくにはさすがに無理があります。
「最近あったことを話す」のすすめ
私は定期的にクライアントと1on1を行う機会があります。その多くが、役員や中堅社員といった、「上司」側の立場の方です。会話のネタはそのクライアントが抱えている課題や悩みが中心で、内容は多岐にわたります。多くは、人・組織に関係するもので、それも毎回異なる話題になります。
そんな中、稀に「一通り解決して、今日は話すネタがない」と言われることがあります。そういう時は、「一段落して平穏な良い日ですね」とコメントしつつ、「前回から今回までの期間で印象深かった出来事を聞かせてください」とお願いします。もし印象深いことがなければ、「単にあったこと」でも構いません、と伝えます。すると、クライアントは少し考えたあと、思い出した出来事を順に話してくれます。
先日もあるクライアントが「大したことはしていないし、特に何も起きなかった」と言いつつ、この2週間の出来事を話してくれました。ご本人にとってはさほど面白くない内容かもしれませんが、こちらは意外と面白いものです。私は頷いたり相槌を打ったりしながら、折々「今の話、もう少し詳しく聞かせてください」「以前お話されていたことと似ていますね」と返します。そして、時には「その話を聞いて思い出しましたが……」と私の経験談を交えることもあります。
そんな風に話を進めていると、1on1の時間が終わる頃には、「あったことを思い出すだけでも、意外と充実した時間になるものですね」と驚かれることが少なくありません。
単に過去のことを話すだけ。それだけですが、同じような感想を持つ方は多いです。
経験を言葉にすることで得られる気づき
あったことを思い出すだけで充実した時間になったのは、1on1の中で「経験学習サイクル」が回ったからだと考えています。経験学習サイクルとは、簡単に言えば「経験(実践)を通じて学びを意識し、成長につなげるステップ」のことです。
(※詳細については、以前のコラムでも取り上げていますので、興味のある方はそちらをご覧ください。)
私達は日々、さまざまな経験をしていますし、その経験を通じて学び成長することも分かっています。ですが、強烈な経験を除けば、そこでの「学び」を意識することはありません。ほとんどの経験を素通りしていると言ってもいいでしょう。しかし、経験を改めて詳細に見つめ、言葉にすることで、そこから新たな学びを発見する(学び出し)ことができます。また、過去の学びが実は異なるものであったと気づく(学び直し)こともあるでしょう。
ここで重要なのは、「経験を改めて詳細に見つめ、言葉にする」というプロセスです。人はどうしても思い込みで物事を捉えがちです。なるべくその思い込みを排し、起こったことを俯瞰して辿ることが大切です。1on1では相手から問いかけられることで、過去の経験を冷静に見つめ直しやすくなります。
前述のクライアントは、部下との1on1でも同じように試してみたそうです。最初のうちは、「あったことを話す意味があるのか?」と懐疑的だった部下も、何度か繰り返していくうちに自分から話し始めるようになったとのことです。もちろん、「あったことを話してくれ」とお願いするだけで充実した時間になったわけではないでしょう。上司であるクライアントが、部下の話に興味を持って耳を傾けたことや、ご自身が「あったことを話す」を体験していたことも寄与したことと思います。
皆さんも、1on1の場で「最近あったこと」を会話のネタにしてみてはいかがでしょうか。思いがけず充実した時間になるかもしれません。

田頭 篤 Atsushi Tagashira
リードエキスパート
システムベンダーを経て、2002年にスカイライトコンサルティングに参画。
「やりたいことをお客様自身がやれるようになる」をコンセプトに、組織・人材の領域で起こっている問題・課題に焦点を当て、主にファシリテーター/コンサルタントとして企業を支援。組織設計、人事評価制度設計、人材教育制度設計といったハード面での支援から、ビジョン策定ワークショップ、モチベーション向上支援といったソフト面での支援まで幅広く提供している。
ビジネスセクター以外では、被災地での対話ワークショップや一般市民向けワークショップなどを通じて人と人とのコミュニケーションを促し、関係改善やシナジーを生み出す支援を行っている。