中期経営計画の策定(中編:実践上のポイント 環境分析編)/山下 厚
2025.09.02 COLUMN
#ビジネス戦略#新規事業
ここで、顧客体験(Customer eXperience=CX)というテーマを考えてみよう。近年、カスタマーはオンライン・オフラインを問わず、企業とのあらゆる接点においてシームレスな体験を志向している。例えば、ある家電製品の広告を見て購買意欲を喚起され、Webサイトにて購入し、その後の使用時におけるアフターサポートまでを“一気通貫してシームレスに体験したい”というニーズが高まっている。その快適さを実現するために、カスタマーは、自分の購買履歴や問い合わせ履歴、故障時におけるサポート履歴などの各種データについて、企業側で一元的に管理しておいて欲しいと考えるものである。
一方で、カスタマーニーズに応えようとする企業側の実態はどうだろうか。先程の例でいえば、広告事業、Webサイト運営事業、カスタマーサポート事業を管掌する部門は、特に大企業においては分かれて運営されていることが多い。いわゆる「縦割り組織」の構造がもたらす弊害ともいえるが、部門を跨いだ形での一気通貫した対応は、現実的には容易ではない。まずは各部門に共通する目標として、同一の事業KGIやKPIを探求する仕組みが必要となる。さらには、各部門を横断する形でのシステム基盤やデータ基盤を整備するためには、膨大な時間と労力を要することも多い。
日常生活を振り返ってみても、商品の購入やサービスを利用する過程で、誰しも「こうなれば、もっと便利になるのに…」と不便を感じた経験があるはずだ。そのような、カスタマーニーズに対する企業側の対応との“ギャップ”は、大なり小なり、日常のあらゆる場面で生じている。
いつの時代も、カスタマーニーズは世の中のトレンドを表す。その進化のスピードを肌で感じていると、「自社の未来は、どのように構想すれば良いものか」と思索に耽ってしまうのも無理はない。だが、商品やサービスを提供する企業側は、日々の努力を重ねながら“現実的なスピード感”で変革を進めていくものである。外部環境の分析においては、カスタマーニーズの進化と企業側の努力について、その両者をバランス良く捉えていくことが重要な鍵になるのである。
ポイント③ 自社が抱える課題の“真因”を的確に突き止める
ここからは内部環境として、自社の分析に関する実践上のポイントを解説する。
まず大事なのは、自社における各事業の現状を直視した上で、課題を解消し切っておくという意識を持つことである。中期経営計画の中で描く“未来”は、自社の“現在”の延長線上に位置づけられるものだ。したがって、“現在”の土台に穴がある状態では、その上に理想の“未来”を組み上げていくことは難しい。
ここでは、必ずしも中期経営計画の対象期間を迎える前に全ての課題を解消し切る必要はない。だが、少なくとも主要な課題への対策は検討しておくことが不可欠である。その対策を実行した先に、理想の“未来”が実現すると考えるべきである。
ここで、自社の課題への対策を検討する際に重要なポイントがある。それは、表層的な事象に留まらず、その事象を引き起こした“真因”を深掘りすることである。例えば、自社が提供するサービスにおいて、売上高の伸長が鈍化しているケースを考えよう。売上高の伸長度合自体は、財務データから容易に分析することが可能だ。だが、その財務結果を招いた“真因”を的確に突き止めるという点にこそ、意識を注ぐべきである。そして、“真因”を突き止めるためには、サービス提供に必要となる各種の経営資源において、様々な可能性を探ることになる。
営業活動に問題があるならば、それは営業人材のリソースが不足しているのか、ターゲット顧客企業の見直しが必要なのか、あるいは顧客アプローチの仕方を改善する必要があるのか。さらにいえば、ターゲット顧客のアプローチ先(役職や部門)の再考や、営業人材が持ち回って説明をする資料の精査から必要になるかもしれない。
一方で、サービスの提供価値に問題があるならば、それはサービス自体の競争力が失われているのか、あるいはサービスの提供品質に問題があるのか。サービス自体の競争力を上げるためには、自社内のオペレーションを効率化し、コストメリットの訴求を強めるのか、あるいは何らかの新しい付加価値をアドオンする方向なのか。サービスの提供品質に関しては、悪化を招いている要因は何か。
このような具合に、「売上高の伸長が鈍化」という財務結果に対する“真因”を丁寧に紐解いていくことが肝要となる。そして、「分析しようにも、その材料がない」という状況に陥らないように、日々の事業運営において必要なデータをいつでも確認できるように整備しておくことが望ましい。
筆者がコンサルティング支援をする際も、「足元が不安な状況下に、ストレッチした未来を目指すのは、現実的には難しいのではないか?」という意見をよく耳にするものだ。“現在”の課題にしっかりと対策していくことと併せて、着実に実現できるような“未来”を構想していくべきなのである。
次回は、本稿に続く<後編>として、数値計画および組織や人に関する実践上のポイントを解説していく。

山下 厚Atsushi Yamashita
スカイライト コンサルティング株式会社 ディレクター
東京大学法学部法律学科を経て、2009年にスカイライトコンサルティングに参画。主にBtoC企業を対象とする戦略策定、企画立案から実行推進までをワンストップに手掛ける「ビジネス戦略ユニット」の統括責任者。
デジタルマーケティング領域の知見者として、特に消費者の生活に関わる各種業界・業種において、企業全体の戦略見直しから新規事業・サービスの立上げまで幅広く手掛ける。上場企業向けの新規WEBメディア立上げや、ECサイトリニューアル等、自らがPMとして舵取りをして実現まで成果を導いた案件も多数あり、プロジェクトマネジメント有識者として中小企業の外部講師としても登壇。
出資および買収案件における事業デューデリジェンスも得意とし、複数企業間の協業モデル構築に関する知見および実績がある。また新規事業として、マーケティング知見のアジア展開もリードする。