中期経営計画の策定(中編:実践上のポイント 環境分析編)/山下 厚
2025.09.02 COLUMN
#ビジネス戦略#新規事業

執筆:スカイライト コンサルティング株式会社 ディレクター 山下 厚
本連載の前回記事は以下からお読みいただけます。
<前編>では、「中期経営計画」策定の意義とプロセスについて述べた。ここからは、筆者のコンサルティング経験も踏まえ、実践上のポイントを述べていく。今回は<中編>として、環境分析に関して押さえるべき要点を解説する。様々な情報が飛び交う時代に外部環境を的確に認識できてこそ、自社の進むべき方向性を正しく見出すことができる。また、自社が抱える課題を改善し切ることで、未来へとスムーズに航海を進めていくことが可能となる。
ポイント① テクノロジーの顧客への浸透度合いを見極める
目の前の業務をこなすのに手一杯な日々の中で、外部環境の調査や分析にじっくりと時間を確保することは難しいものである。その必要性を頭では理解できていても、「忙しいので、後回しにせざるを得ない」というのが実態だろう。その意味で、中期経営計画の策定というプロセス自体、自社の方向性を検討するためのインプットとして外部環境を洞察する貴重な機会といえる。
外部環境の中で、最も重要なのは顧客(カスタマーまたはクライアント企業)の動向である。特に、競争環境の変化が著しい昨今においては、テクノロジーの顧客への浸透度合いを的確に見極めることがポイントとなる。生成AIを筆頭に、自動化技術や次世代通信、先端コンピューティングなど、さまざまなテクノロジーが登場しては各種メディアやビジネス誌面を賑わせている。これらは世の中の顧客にどの程度浸透し、実用化が進むものなのか。
例えば、4~5年前を振り返ると、メタバース(インターネット上に構築された3次元の仮想空間)がビジネス界を席巻するという記事をよく目にしたものだ。当時発刊された、未来予測を記した書籍の中でも、メタバースは大々的に取り上げられていた。そうした情報を勘案し、メタバースの今後の展開に備えて研究開発の投資に踏み込んだ企業も多かったはずだ。
では、2025年現在、世の中の実態としてはどうだろうか。確かにECや広告、オンラインイベントの領域では市場を拡大させている。中期的な市場予測としても、グローバルおよび日本国内ともに一定のポテンシャルを見込めることも確かだ。しかし、少なくとも現時点では、一般的に広く普及する兆しが見えているとまでは言い難い。本格的な社会実装に向けて、個人情報やプライバシーに係る法整備も含め、慎重に検討が進められているというのが実態といえよう。
中期経営計画の策定は、未来への探索行為そのものである。そのため、特定のテクノロジーに「敢えて先手で張っておく」こと自体は、十分検討する価値のある戦略といえる。投資対象のテクノロジーが一気に実用化した暁には、膨大な利益を享受できる可能性がある。また、その市場拡大の第一人者としてリーダーポジションを獲得する意思があるならば、実現に向けて万策を尽くすことも立派な戦略の一つであることは疑いようがない。
だが、そうではなく、情報に踊らされて安易に未来を予測し、自社の方向性を軽率に見出してしまうことは、甚だ危険であると言わざるを得ない。イノベーター理論において、いわゆる“キャズム”を超えられず、広く普及する手前の段階で留まっているテクノロジーは多数存在する。AR技術を搭載したスマートグラスや、専用メガネを必要とする3Dテレビなどを想起してみて欲しい。「そのテクノロジーは、顧客にどの程度浸透し、実用化するか」という問いに対して、慎重に洞察することが肝要なのである。
中期経営計画の策定は、日々進化するテクノロジーに対する向き合い方のスタンスを決めるという側面が大きい。この点を“外してしまう”ことは、社内リソースの充て方を含む投資への踏み込み度合を見誤ることになりかねない。テクノロジーの勃興が激しいこの時代に、十分に意識しておくべきポイントといえる。
ポイント② カスタマーニーズの進化と企業側による対応の双方に目を向ける
カスタマーのニーズは、時代とともに日々進化していく。そのスピード感は、肌感覚としても「以前にも増して、早くなっている」のが実態だろう。特に昨今では、カスタマーは様々な情報源にいつでも手軽にアクセスすることができる。ここ数年で日常生活にAIが大きく浸透したこともあって、知りたい情報はすぐにでも取得することが可能だ。また、YouTubeやSNSで著名なインフルエンサーからの発信が起点となり、特定の商品やサービスが世の中へ急速に広まっていくケースも珍しくない。いわゆる「バズる」という現象である。
そのため、商品やサービスを提供する側の企業としても、一層の努力を重ね、進化し続けることが急務となっている。だが、企業側の進化がカスタマーニーズに対して、必ずしもタイムリーに追い付くとは限らない。むしろ、カスタマーニーズに応えるための体制や基盤が整備されるまでには、一定のリードタイムを要することが多い。外部環境を分析する際には、その両者のギャップを的確に捉えることが、世の中の動向を見誤らないために非常に重要なポイントとなる。